【自分メモ】

フリーランス翻訳者の読書メモ

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『痴呆を生きるということ』 



小澤 勲 著の『痴呆を生きるということ』を読みました。

認知症の中核症状は認知症患者に共通するけれど、その周辺症状は、患者の元々の性格や、発症前にどのような人生を歩んできたかによって大きく変わる・・・ということを理解しようとする一冊です。

例えば「物盗られ妄想」。物忘れが進み、物をしまった場所を思い出せなくなり、そして物をしまったこと自体を思い出せなくなる(中核症状)・・・と、「誰かに盗まれた!」という妄想に発展することがしばしばあるそうです(周辺症状)。その時に認知症患者が周りの人間(特に近しい人物や介護をしてくれている人物)に対してどのような反応を見せるのか、はたまたどの程度攻撃的になるのかは、患者によって大きく異なるということが分かっています。

著者による「物盗られ妄想」の症例紹介は非常に詳細で、一言で表せば「すごい臨場感」。まるでその光景をその場で見ているような、それでいて、認知症患者本人になったかのような心持ちで読み進めることができました。症例をいくつか読んむと、本のタイトルの通り、「痴呆を生きるということ」をほんの少しだけ理解できるような気持ちになってきます(もちろん、介護/被介護当事者でない限り、ほんとにほんのちょっとだけだと思いますが)。

この本では認知症にまつわる基礎データとともに、上述のような周辺症状にまつわる症例紹介があり、そしてさらに、耕 治人(こう はると)による病妻三部作小説『一条の光・天井から降る哀しい音』に描かれた認知症患者との日々が、こちらも臨場感たっぷりに読みほどかれています。

ストーリーは主人公である夫「耕」が妻の手料理を「いつもと違うな?なんだろう?」と感じるところからスタートします。最初のうちは「そのうち元に戻るだろう」という雰囲気ですが、そのうち妻は買い物したものを忘れたり、お鍋を焦がすようになったり・・・そして物語も妻の症状も進んでいくと、時間の概念が失われたり、無気力になったり、徘徊が始まったり。耕には、何十年ものあいだ不平不満をまったく口にすることもなく自分を支えたツケが妻の「痴呆」の原因になったのだ、という罪悪感があり、妻を大切に大切に介護するものの、ついには老老介護の限界に・・・。

この章では、耕夫妻の一挙手一投足が、現在解明されている認知症の仕組みに照らし合わせて解説されています。著者は「これが典型的な痴呆の経過ではない」と断りを入れていますが、それでもとても参考になります。先ほど「臨場感たっぷり」と書きましたが、筆者によるストーリー描写を読んでいると、夫婦の生活をその場で観察しているような錯覚を起こしてしまいそうでした。『一条の光・天井から降る哀しい音』、近いうちに読んでみたいと思います。

認知症患者の記憶は失われてしまっても、その気持ちに関連付けられた感情は残り、蓄積する・・・という考えをベースに、「認知症患者の生活の質をより向上させたい」という著者の気持ちをとても強く感じることができる一冊でした。私の心に強く残る一冊になったと同時に、周辺症状についてより深く知りたいという気持ちにさせてくれた一冊でもありました。
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カテゴリ: 【3】 認知症 

テーマ: 認知症いろいろ - ジャンル: 心と身体

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Posted on 2014/08/19 Tue. 19:09    TB: --    CM: --

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