【自分メモ】

フリーランス翻訳者の読書メモ

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良い仕事がしたい、という思い。 



以前は私、翻訳会社に案件を発注する側の人間でした。
今自分が「業者」という立場に落ち着いてみて初めて、あの時の翻訳会社さんに「ホントあの時は、ムリばっかり言ってごめんなさーい」と謝りたい感じです。別に値引き交渉で無理難題を言うとかそんなことは全く無かったのですが、案件の分量に対してかなり非現実的な納期設定しちゃってたし、働いていた業界がちょっぴり特殊だったこともあって、品質についての注文もハンパなかったんです。

翻訳会社さんは翻訳会社さんで、こちら側の注文に応えられるように、できるだけ毎回同じ翻訳者さんに発注してくれていたみたいなんですが(そうするとその人にノウハウが蓄積されていくので高効率作業&高品質訳文が狙えますね)、やはりそういう翻訳者さんは他のクライアントからも人気なワケで、なかなかつかまらない・・・そして、「そこをナントカ!」とムリヤリお願いする当時の私。

今私が「そこをナントカ!」と言っていただける立場になり、マジ反省しきりです。すんませんでした。

ところで、それじゃあ、「いつものあの人にお願いネ」と言いたくなるような高品質な訳文ってどんなだっけな、とふと考えることがあるワケです。もちろん納期厳守を前提として、あとは・・・。「正しい」訳文。ですよね。でも、いくら文法的に正しく訳されていたとしても、いくら単語が辞書に忠実に訳されていたとしても、それでも発注する側としては、納品された訳文を読んでみて、物足りなさを感じることがあるんですよね。軽い違和感、みたいな。それって、なぜだろう?

きっとそれは、文章が業界用にカスタマイズされていないから。
つまり、こなれていないから。

・・・という状況、私がいた業界では日常茶飯事でした。

では、その訳文は、ダメダメの品質ってことなんでしょうか?

難しいところですが、そうとも言えるし、そうじゃないとも言えそうな気がします。だって、基本的な技術はしっかりしているわけで、特殊業界用でなければ、まず問題の無い訳文ですから。でも、こなれていない分、全体的な印象は微妙な感じ・・・

  

そんなことを考えてたら、ふと、少し前に友人が経営しているカイロプラクティックオフィスで施術を受けた時のことを思い出しました。

たまたま予約を入れていた日の数日前の朝、起きたら体が痛かったんです。左肩やら背中の左側やらが、何の前触れもなく、ギシギシギリギリと。「寝違えた!?」って思ってえらい焦ったけど、なんかこう、ガマンしてたら次の日には少し治ってきて、その次の日にはまた少し痛みが治まってきて。施術日はまた少しマシにはなっていたものの、それでもまあ、なかなかにシツコイ痛みで。

・・・と言う「これまでのあらすじ」を、担当してくれている岩田さんに話して(結局、寝違えたわけではないみたいでしたが)、サクサクと調整してもらうことしばし。終わってカウンターでお茶してて、その後、コートを取ろうと体をぐいっと何の気なしに動かしたら。

痛くなくなってた。

着替えたり車を運転するだけでも、「ひー (> <)」って言いたくなるくらいの痛みだったのに、治っちゃってたんです。ガッチンガッチンにこわばっていた場所も、なんか少しほぐれてやわらかい気がするし。

私はマッサージが大好きで割と定期的に行くんだけれど、マッサージを受けてもわりと、その時はガッツリ気持ち良くてコリもほぐれたような気がするものの、数日経つとすぐに、「前回のマッサージって3年前くらいだったっけ?」くらいに思えてしまうんですよね(と言いつつ結局行くんだけどネ・笑)。それなのに、マッサージ要素ゼロのカイロプラクティックで痛みが取れちゃって、しかもそれっきり、痛みが戻ってこない。

普段オフィスに寄らせてもらう時には私、基本的に元気だし、その元気な状態を維持しようくらいの気持ちなので、施術後に「なんかすっごい効果が!」みたいなことって、正直それまでなかったんですよね。むしろ、施術時間よりもカウンターで珈琲ごちそうになりながら世間話して過ごす時間の方が長くて、なんかただ遊びに行ってるみたいだし(笑)。

だから、実際こうして「問題」にぶつかった時に、こんなに「効果」が実感できるなんて、いやいや、夢にも思ってませんでした。

  

では、なんでこんなことをふと思い出したのかと言うと。

特定のサービスをリピートしたくなるってどういうことなんだろうか。つまり、良い仕事ってなんだろうかって考えた時に、それはきっと、「二度手間回避」なんじゃなかろうか、なんて考えるわけです。

今回の例で言えば、「一度の施術で痛みが消えた、そして痛みが戻ってこない」ということだろうし、翻訳に置き換えれば、「文法も単語の選択も正しく、もちろん納期も厳守した上で、発注側が好む程度にこなれていて、発注側での手直しを殆ど必要とせずに、基本的にそのまま使える」ということになるんでは(なーんて、駆け出しのヒヨッコなのに、偉そうなこと書いちゃってみましたが^^)。

会社を辞めてフリーランスとして独立してからの数年間、私はとにかく必死でした。とにかく色んなクライアントさんと接触してたくさんの仕事をこなして、自分のポジションを確立することばかりに注力していたような気がします。だから、発注してくださる方のことを考えた訳文、つまり、「訳文の手直しという二度手間を必要とせず、ほぼそのまま使えそうな、適度にこなれた正しい訳文」を目指すことなんて、全然無かったように思うんです。

だから当然といえば当然ですが、数回ご発注いただいたきり、お声がかからなくなる・・・なんてことも、恥ずかしいことにこれまで何度かありました。その時は「あそこから最近連絡来ないな~」なんてかなり偉そうに考えたりしちゃってましたが、もちろん、自業自得です。今考えると、ホント、私ったら何してたんでしょ、と。

今、独立してしばらくたって、特定のお客様と蜜にコミュニケーションを取らせていただくなかで、ようやくお客様が求めていることを知る機会ができ(知ろう、という気持ちすら昔はなかったんですよね・涙)、そのお客様に「あの人に頼めば安心ね」と思っていただける「品質」について考え始めることが、やっとできたように思います。

自分、成長、遅っ!

なんですが、それでも、最近チラリホラリと、自分が思っている「高品質」と、お客様が心に描いている「理想の訳文」とが、少なからず重なっていることを実感できる機会に恵まれることがあったりして、じわりじわりとだけれども、もしかしたら自分は正しい方向に歩めているのかもしれない、などと、やっとこさ思えるようになってきました。

ただ、そう思えることと、お客様にとって「理想の訳文」を実際にお出しできることとは、全くことなるわけで、新しい案件に出会うたびに、その案件の分野をしっかり勉強しなければと思い、そして、私ってばまだまだ全然勉強不足だなあ、と思うのです。なかなか難しいことだけれども、高品質な訳文を狙うのであれば、勉強は避けて通れない道なのですよね。頑張らねばなあ。

なんだか最後、自分に色々言い聞かせてるみたいな雰囲気になっちゃいましたが、最近はこんなことを仕事しながら思ってますよ、ということで。

ところで、今年もあと半月ほどですね。

私は今月から来年1月前半までが今年度最後の繁忙期。こなす案件の量もぐっと増えて気忙しい毎日だけれど、やはり「顧客満足」つまり「高品質訳文」に限りなくこだわりながら、元気に楽しく頑張っていければいいな、なんて思っています(^^)。

かなり長くなりましたが、ここまで読んでくださった方いらっしゃいましたら、本当にありがとうございました♪


[おしまい]
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カテゴリ: 【5】 翻訳・語学 

テーマ: 翻訳いろいろ - ジャンル: 就職・お仕事

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Posted on 2009/12/17 Thu. 16:31    TB: --    CM: --

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