【自分メモ】

フリーランス翻訳者の読書メモ

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エンディングノートを買いました 



「買おう!書こう!」と思い立って早半年・・・



昨年、上智大学でグリーフケア公開講座「悲嘆について学ぶ」を受講しました(その時の記事はコチラ)。

10週間にわたるこの講座では、大切なものの喪失に起因する「悲嘆」のあれこれを、色んな分野の専門家から直接学ぶことができました。悲嘆には多くの種類があって、転勤や転校で慣れ親しんだ土地を離れることや、誰かに裏切られたりして絆を失うことも喪失に起因する悲嘆と言えますが、主な例としてぱっと思いつくのはやはり、事故や病気で家族や親しい人を失うことに起因する悲嘆ではないかと思います。

こうして「悲嘆」について考えてみると、自分が今こうして生きているからでしょうか、自然と「残される側」の視点になっていることに気付きます。でも、もちろん、自分が「残す側」になるという可能性もありますね。いや、いつかは人生が終わるわけですから、可能性があるというよりも、いつかは自分も「誰かの悲嘆の原因」となるわけですね。

自分が「残す側」になる時・・・グリーフケア講座で学んだことは、「エンディングノートは、自分が最愛の人に残せる最後の愛の形である」ということでした。残った人が前を向いてまた歩き出せるように、支え、お手伝いできるのがエンディングノート。この話を聞いた時に、「これ、私も書かなきゃ」と思いました。

なんてことを書くと「まだそんな年齢じゃないのにー」みたいな声が聞こえてきそうな気がしますが、それじゃあ「そんな年齢」ってなんでしょう? まだ死なない年齢? そんなの誰にも分からないことですよね。私は昨年の6月ごろエンディングノートのことを授業で聞いて「買おう、書こう」と思い立ったのですが、ノートを実際に購入したのは数日前でした。購入するまでの半年間、生きててよかったと思うし、生き延びたことも奇跡のように感じています。 大病を患っているとかそういうことじゃないんです。ただ、人はいつ人生を終えるか分からない。それだけなんです。

と、いうわけで、肝心のエンディングノート。

私はナカバヤシのプレシャス エンディングノート ~私の大切なノート~にしました。中には、思い出の写真を貼れるページがちょこちょこと挟まっていたり、自分が意思疎通できなくなった時の治療方針について希望を書き留めておくページや、保険や銀行口座についての情報を記しておくページ、自分史を書けるページ、自分の趣味や好きなことを書いておけるページ、もしもの時の連絡先リストなどなど盛りだくさん。分厚いノートではないのですが、必要な情報は網羅できるような印象を受けました。

これを書くのに私はまた、きっとそれなりの時間を費やしてしまうのだろうと思います。それでも、頑張ってちょっとずつでも書き進めていきたいと思います。

大好きな人が迷い悩んでしまわないように。
大好きな人が前を向いて自分の人生を歩んでいけるように。
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カテゴリ: 【7】 よもやま話

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Posted on 2015/01/17 Sat. 00:51    TB: --    CM: --

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